三冊目『そして、バトンは渡された(著・瀬尾まいこ)』

シリーズ『青紗の本棚』は、作家/ライターの田中青紗(たなかあさ)が、自身の本棚から選んだ一冊をもとに広がる思考や体験を綴ったエッセイです。つい本棚に手を伸ばしたくなる不思議な体験をあなたに。
月2回更新予定。

大きな豚バラのブロック肉を鍋の中に入れた。「どーん」という効果音がぴったりなブロック肉は、その存在感だけで食欲を刺激してくる。

鍋には生姜やニンニク、長ネギの青い部分、酒、水などが一緒に入っている。これから火にかけて、アクを取りながらじっくりと煮込むのだ。

仕事が終わった夜。私は一人暮らしの狭いキッチンで、韓国料理のポッサムを仕込んでいる。

緊張する仕事が終わったとき、何かをやりきったとき。私はいつも「食」に頼る。「お疲れ様」「頑張ったね」を自分に伝えるためだ。

金曜日の夜は一週間頑張ったご褒美に、唐揚げやトンカツを揚げたり、ローストビーフを作ったりする。ガツンと食べごたえのあるものが欲しいので、大抵肉料理。

重い取材が終わった後は、スイーツを食べる。ドーナツやケーキ、プリン、たい焼きなどを買って帰り、自分を盛大に甘やかす。

外で食べることも多く、気がつけば一人で焼肉屋や寿司屋にも行けるようになった。居酒屋にも慣れたもの。とにかく「お疲れさま」「頑張ったね」と自分に言ってあげたくて、そのときの気分にぴったりなメニューはないかと、食への興味は年々深まっている。

自分のために何かを用意するのであれば、コスメや雑貨を買う選択肢もある。しかも翌週になればまた緊張する仕事が待っているし、あっというまにタスクは山積みになる。

「食だと太るし、別のもので代用しては?」と考えることもあるけれど、私は毎回「食」を選んでしまう。単純に食べるのが好きなのと、お腹が満たされるとエネルギーが湧いてくるからだ。

以前、ものすごく疲れていたことがある。

肉体的にも精神的にも参っていた頃、ご褒美という感覚はなく食べた中華料理に救われた。商店街にある中華料理店で、温かく出汁がきいたスープはかたくなった私の心をほぐしていく。一口飲むと、だんだんと内側から不思議な力が湧いてくるように思えた。

「まあ、とりあえず明日もやってみるか」

なんて、食べ終わる頃には、どんよりとした気分が少しだけ晴れた気がした。

「食」は、私たちの気持ちを前向きにしてくれる力を持っている。

森宮さんが作る料理も「エネルギーだな」と思う。

娘・優子のために朝から張り切って作ったかつ丼。クラスメイトと上手くいかない様子を見かねて作った、スタミナたっぷりの餃子。試験の前日の夜食にと、長文のメッセージが書かれたオムライス。

私のように「お疲れさま」「頑張ったね」と労わるメッセージよりも「これから頑張ってね!」と応援する気持ちのほうが強い料理たち。食べる側からすると「朝から重いよ」と愚痴を溢してしまいそうになるけれど、きっと食べたら元気になるものばかりだ。

たかが食事。されど食事。

食を通して、私たちは励まされ、励ましているのだと思う。

「今日は頑張ったから」「応援したいから」なんて、なんでもいいから口実をつけて食べてみると、日々の食事はもっと楽しくなるのかもしれない。

茹で上がった豚肉を薄くスライスする。サンチュにのせて味噌ダレと一緒に食べる。しっとり柔らかい豚肉と、ピリッと辛い味噌ダレは相性抜群。

「今週もお疲れさまでした」

食べ進めると次第に、「来週も頑張ろう」という思いが込み上げてきた。

今度は何を作ろうかな。

この記事を書いたライター

田中 青紗

投稿者: 田中 青紗

エッセイと物語を書く人。ライター。 まだ夜が明けてほしくないと思う人が、布団の中で読みたくなる文章を書いています。 noteで作品公開中。 お茶の時間と朝ごはんが好き。