
シリーズ『青紗の本棚』は、作家/ライターの田中青紗(たなかあさ)が、自身の本棚から選んだ一冊をもとに広がる思考や体験を綴ったエッセイです。つい本棚に手を伸ばしたくなる不思議な体験をあなたに。 月2回更新予定。
いつかの私は、百貨店の楽しさが分からなかった。綺麗にディスプレイされている洋服や雑貨たち。百貨店だからこその、かしこまった雰囲気であるのは重々承知なのだけれど、ショッピングモールのほうが楽しいと感じてしまう。
いつかの私は、うつわの魅力が分からなかった。こだわりもほとんどなく、手頃なお店で揃えてばかりいた。うつわに対して「可愛い」と思う感情がピンとこない。
楽しさや魅力が分からないものが多くあり、それらにハマる瞬間は一体いつ来るのだろうと思っていた。
しかし人生とは不思議なものだ。年齢を重ねていくと、ある日突然スイッチが押される。
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9月、上野にある国立西洋美術館の「自然と人のダイアローグ」展へ行き、モネ、ゴッホ、リヒターなどさまざまな画家たちの作品を見て思いを馳せた。
休日だったのもあって作品の前には人垣が出来ていた。間隙を縫ってようやく視界が開けたとき、目の前にある絵画の数々に心が奪われた。
クロード・モネ の《睡蓮》がこんなにも大きいものだとは思わなかった。フィンセント・ファン・ゴッホの《刈り入れ(刈り入れをする人のいるサン=ポール病院裏の麦畑)》はなんとなく知っていたけれど、まじまじと見たことがなかった。
他にもたくさんの作品がある。ただ、深い知識がないので「可愛い」「こういう雰囲気は私好みだな」といった視点で見る。それだけでも、十分楽しかった。
ジブリをはじめ、好きなキャラクターの展覧会が行われるときはよくイベント会場へ足を運ぶけれど、美術館へは久しく行っていない。ふつふつと絵画に興味が湧いてきて、自然と美術館に足が向くときが来るなんて。昔の私からは信じられない変化だ。
何か大きなきっかけがあったわけではない。ただいつからか絵画に惹かれて「知りたい」と思うようになった。絵画を見て、知って、「私はこの作品が好きだ」と言えるようになりたかった。このきっかけは一体どこから湧いてきたのだろうか。今でも謎だ。
単純に、年齢を重ねたからなのかもしれない。
年齢を重ねて価値観や金銭感覚が変化したからこそ、今まで興味がなかったジャンルやモノに対して、急に「知りたい」「勉強したい」というスイッチが押されたのだ。これは当たり前なことかもしれないけれど、私はつくづく不思議に感じてしまう。
そのときは“見えていない”のに、いつかのタイミングで“見える”ようになるなんて。
今“見える”ようになった者としては「もっと早く興味を持っていたかった」と悔しい気持ちになってしまう。そりゃそうだ。昔から絵画の勉強を続けていれば、専門的な知識が身についていたかもしれないのに。
でも仕方がない。絵画は今の私にとって必要なものらしい。
つい「なぜ今まで知らなかった……」と思ってしまうけれど、何事も「今がベストタイミング」だと思いたい。自ら気がついたことで、貪欲に知ろうと思えるはずだから。
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今の私は百貨店が好きだ。特別買うものがなくても、ぶらぶらとフロアを見てまわり、流行をチェックする。今後買おうと思うものをリストアップするのも楽しい。
今の私はうつわが好きだ。こだわりなく手軽なものを頻繁に買うのではなく、きちんと自分が「欲しい」と思ったものを選ぶようにしている。街で食器屋さんを見かけると、つい入ってしまうことも増えた。食器に対して「可愛い」という感情が芽生えるなんて思わなかった。
きっと今は興味がないことでも、五年後、十年後に突然好きになるのだろう。そのときは一体何に惹かれるのだろうか。予想はまだつかない。
